東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)52号 判決
〔判決理由〕
<証拠>を総合すれば、財団法人理化学研究所(通称「理研」)の研究員赤平武雄により、炭素被膜を蒸着した新規な電気抵抗器が研究開発され、これを企業化するため昭和一二年七月二一日同研究所の主宰者である大河内正敏を代表取締役としていわゆる理研コンツエルンの一つとして理研電具株式会社(資本金一五〇万円)が設立されたのであるが、同社はその製造販売する固定電気抵抗器に「リケノーム」(「RIKENOHM」)、可変電気抵抗器に「バリオーム」(「VARIOHM」)の商品名をつけ、これら商品に商標として「理研」の文字を電気抵抗の単位を示すオーム記号(ギリシャ文字のオメガ)の輪廓で囲んだ引用商標を使用することにし、各製品の包装紙箱には、右各商品名を片仮名および英文字または英文字のみで標章ふうに表示するほか、引用商標を表示し、各製品自体にも、製品のサイズが小さいため技術的に困難なもののほかは、右引用商標を付したのであつて、その他関係の雑誌等でこれら商品の宣伝広告をするような場合にも右各商品名にあわせて必ず引用商標を掲載し、また、同会社の用いる便箋、封筒等にはすべて引用商標を表示したものであること。この電気抵抗器は温度との関係で有する特殊の性能等の故に販売と同時に優秀品として業界の歓迎するところとなり、同会社は設立後間もなく国内の電気通信器のほとんどすべての主要メーカーや、指定されて陸海軍にも大量に納入し、その他東京、大阪、名古屋等の代理店に卸し、これを通じて広く全国的な市販にも流すにいたり、その国内販売量は上位を占め来つたのであり、戦後は一般の経済の復興とともにしだいに生産をあげ、昭和二五年頃からは国外にも輸出するようになつたもので、以上のような経過から、製品や包装に付された引用商標は、「リケン」または「リケンジルシ」と呼ばれて、電気抵抗器の標章としてすでに戦前から同業取引者、需要者間に広く認識され著名となつたこと。理研電具株式会社は、輸出取引上相手側の市場の事情の急変のため不慮のつまづきを生じ、ために滞貨の激増、ひいて金融の行き詰まりとなつて昭和二八年六月ごろ倒産したので、以上のような実績のある企業を存続させるべく、その方法として出資者を得て第二会社を設立し、これに設備、資材等をそのまま移して営業を継続することとなり、昭和二八年六月九日旧会社と本店所在地、会社の目的をおなじくし、役員の一部をも共通にする新会社理研電具工業株式会社(資本金三〇〇万円)を設立し、新会社は旧会社からそれぞれその代表権を有する者の合意により工場設備、機械、什器備品、原材料、製品半製品、包装資材等の一切を買い取り(もつとも物によつては単に使用権を取得したものがあるかも知れない。)、引用商標の使用を承継し(それは双方ともに当然視していて、ことさらにとりあげられることもなかつた)、全従業員ならびに顧客、取引先等をすべて受けついで営業を承継し、同時に旧会社はその営業を全く停止したのであるが、営業活動は右承継のために休止することなく、また従来と変わることなく(製品は従来のとおり)続けられ、引用商標は従来どおり商品電気抵抗器の包装および製品等に商品名とともにあるいはそれのみで表示して使用され、したがつて取引先、需要者はこのような経営主体の交替には殆ど気付かずないしは無関心の状態にあつて、前記製品はいぜんとして優秀な性能を高く評価され引用商標の周知性も維持されたこと。しかし、この新会社も資金導入の不如意のために、まもなく経営難となり倒産したので、前と同様の目的から同様の方法をとることになつて、第三の会社として昭和三〇年一月一一日前会社と本店所在地、会社の目的を同じくする(但し、目的には多少の付帯的事項が追加された。)被告会社(資本金五、〇〇〇万円)が設立され、そして、ここでも前記設定におけると全く同様の一連の措置がとられ、事態もまた全く同様に推移して、被告会社の製品電気抵抗器はその優秀な性能を高く評価され、引用商標はその周知性を維持して現在にいたつていること。以上の事実を認めることができる。<中略>
3. 右認定の事実によれば、本件商標の登録出願日である昭和二七年七月一一日当時からその登録日である昭和三〇年七月一五日当時にかけて、引用商標は、訴外理研電具株式会社、その営業および引用商標の承継者である訴外理研電具工業株式会社ならびに被告会社が、その商品電気抵抗器に使用する商標として、全国的に取引者、需要者間に広く認識された周知著名のものであつたというべきである。商品の製造、販売の営業者が倒産し、後継者がその営業を継続するときその製品たる商品およびその商標に対する信用の失墜を招く場合がすくなくないことは事実であるけれども、倒産の事情、それが後継者の営業内容に影響しているかどうか等要するに、後継者の営業の実体ないしそのあらわれである製品の如何によつては必ずしもそうとは限らないことも、しばしば見受けられるところであつて、前記認定のように、再度の倒産はいずれも製品(の品質)に関係のない純取引上あるいは経営資金上の事由によることであり、そして後継者の営業内容はその影響を受けることなく従来と同じで、製品になんの変化も見られず、加うるに営業活動の中断もなく、したがつて、営業主体の交替はほとんど取引者、需要者の関心事とならなかつたという本件の事実関係にあつては、右のような認定はなんら経験則に反するものではなく、その他違法不当のものということはできない。<中略>
4. 商標権は営業とともにする場合にかぎりこれを移転しうることは旧商標法第一二条第一項の定めるところである。この規定は、商標が商品の出所である特定の営業を表示することにより商品の品質保障の機能をもつことにかんがみ、営業と離れて商標権のみが移転されるときは、商標はその機能に背き商品の品質についての需要者の期待をうらぎるおそれがあることを考慮したものである。そして、右規定のかような趣旨からすれば、この規定は標章(未登録商標)の使用の承継についても当然適用せらるべきである(同法第九条第一項後段の規定もこのことを前提としていると解される)。ところで本件においては、前記認定のとおり、理研電具株式会社と理研電具工業株式会社との間、また理研電具工業株式会社と被告会社との間に、それぞれ、各その代表権をもつ者の合意によつて、後者は前者から、営業構成としての、生産施設を中心とした設備、機械、什器備品、原材料等の一切を買い取り(少なくとも使用権を取得し、)、引用商標の使用を承継し、なお全従業員および顧客関係等をすべて引きついだうえ、営業をそのまま継続し、これと同時に前者はその営業を全く停止するにいたつたという事実関係にあるところ、旧商標法第一二条第一項の規定の前記のような趣旨、目的からすれば、右の事実関係によつて―商品の品質保障の機構すなわち右規定にいう「営業」は移されたと見られるから―それぞれ、右の前者から後者に、同規定にいう営業の移転がなされたものとするに十分であつて、引用商標の使用が営業とともに承継されたものとなすべきである。もつとも、前記の設備その他の営業財産の譲渡および譲受について、その前後二回のいずれの場合においても、譲渡会社、譲受会社の双方ともに、商法所定の株主総会の特別決議を経ていないことは、<証拠>によつて明白であるけれども、このことは、結局これらの財産権の移転が後日改めて商法上その効力を問擬される余地を残しているかも知れぬというだけのことであつて、前記認定のような諸般の事実がすでに存在する以上、これによつて、前記のとおり―旧商標法第一二条第一項の規定の適用上―、引用商標の使用が営業とともに、前記の各前者から後者に承継されたものであるとするのに、直ちに支障となることではない。
(古原勇雄 杉山克彦 楠賢二)